「籠と旅」秋田編
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秋田県横手市、この地域で籠のことを「こだし」と言い、こだしを編む職人を「こだしっこ」とか「こだしっこや」等と呼んでいた。
あけびの蔓から、それは見事な「こだし」が生まれる。
名工の拵える丸籠をはじめて見た時はたいへん感動したものだ。このような仕事ができる職人自身に深い関心を持った。以降、周りの知人にも伝えてまわっていたのだが、実はすでに名の通った名工であったと後に知る。それが私には幸いであった。名工と正面から向き合うことができたのであろう。関係を築く上で、私には有名無名どちらでもよいのだ。
名工を訪ねる前、連絡を取る事を幾度と躊躇していたため、月日だけが経っていった。はじめに知人が会ってくれることになり、安心してお会いすることができた。名工を知って実に一年後、ようやくお会いできた日のことは今でもよく覚えている。名工には、私が先に知人を派遣して偵察させたのだと、時折笑い話として話してくれる。2015年の秋頃のことだったが、その話はまたいづれ。
今日はあけび蔓籠作りの下拵え、その一端をお話したく思う。
一つのこだしを拵えるまでには、様々な準備が必要である。
三葉通草(みつばあけび)、小葉が3枚、この弾力のある通草の蔓がこだしの材料となる。まず、蔓を採取する時期の前には山々を見て回っている。雪が溶けた4月ごろに少し採取して、本格的には9月から初雪まで、採取した蔓は生の状態のうちに、蔓に付いている葉や根を取る。作業は妻の恵美子さんが行っている。一度、やらせていただいたが、鋏を持つ手にも気を使うが、蔓の丸みに沿って根を切っていくため、蔓を持つ手を回していく手の方が疲れてくる。時間と労力を要する大切な作業のひとつである。作業が終わった蔓は、屋根上で天日干しを2週間、軒下で自然乾燥を2ヶ月、蔓がぽきりと折れるまでしっかりと乾燥させる。天日干ししている蔓も、屋根にそのまま上げたままではなく、夕刻頃には軒下に下げ、霜が蔓につかないようにしている。山に蔓を採取しに行く日、屋根上に蔓を上げている時は注意が必要である。蔓が雨に濡れると大事になるため、途中で天候が変わり雨の気配がすると早々と切り上げ、家に戻り蔓が濡れないよう軒下に取り込んでいる。蔓を乾燥させる時期は、うかうかと遠出ができないわけである。こだしを拵えるその姿は、一見軽快で楽しげであるが、材料にする蔓の下拵えがあってこその仕事、こだしっこも厳しい仕事である。
はじめて名工に会いに伺った時、屋根上に乾燥させている蔓を取り込む作業を拝見するために、名工について屋根に上がった。私は高い場所が苦手なのだが、せっかくの機会、長い梯子を奮起して屋根の上に立った。屋根の上ではたいそう足の震えを感じた。後にその事を伝えると、梯子を登る様子が普通ではないと感じていたと言う。名工が私を人に紹介する際、いくつかの笑い話を添えることがあるが、この話もよく出る話のひとつである。
私は職人との関係を時間をかけて築いていくのだが、はじめてお会いしてから1年後だろうか、2016年秋、蔓の採取に同行することになった。以降、何度か蔓の採取をご一緒しているが、未だに一年生の蔓の見分け方がつかない。私は、籠を作るわけではないが、名工の弟子だと本人にいつも言ってはいるのだが、なかなか育たない弟子である。車のない時代は、自宅から山の麓まで自転車で、山を分け入り採取場所まで歩いた。片道2時間はかかったと言う。20〜30kg程の蔓の束を担いで降りたのは大層であったろう。 採取できる蔓の量は、その年の気候でも変わってくる。おそらく色合いも異なるだろう。地球の環境変化もあってか、採取量は年々減っていると言う。常に新たな場所を見て周り、採取場所の確保にも気を配っている。材料となる蔓は、地面を真っ直ぐに這って伸びているものを使用する。あけびは藪によく見かけるが、木々が密集し過ぎては木に蔓が巻きつくため、同じ藪でも地面はひらけた場所が条件の良い採取場所である。木の枝が行く手を遮っている場所が多く、その枝を上に下に交わしながら進み、同時に蔓を探しながらずっと中腰で移動していく。それを半日続けるのは一苦労である。この日の採取はまずまずだった。藪の奥に生えていた杉の根元にいくつかのきのこがあったので、食べる分だけ山からいただいて、私たちは山を降りることにした。
下山中、昔は湧き水が湧いていたという場所(この地域では「しず」と言うらしい)に案内された、そこが休憩場所でもあったと言う。しばらく降りていくとひらけた場所に出たので、朝に恵美子さんが持たしてくれた弁当を食べることにした。昔のことなど様々な話を聞くことができた。時折静かに風景に目をやった。強い風が木の葉を空高く運んでいた。このひとときもまた格別な時間となった。
さて、帰り道、この時期は岩魚がいると言う。小川の上流をしばらく見ていると、さっさと下流に歩いて行った。あまりに早かったので、追うことができずその場で待つことにした。しばらくすると、両手を前にして戻ってきた。手には綺麗な岩魚が入っていた。警戒心が強い魚は、何か気配がするとすぐに岩の下に隠れる。岩の下に両手をそっと入れて待っていると、手の上に岩魚が入ってくるので、その瞬間に掴むのだと言う。とても嬉しそうだった。野球少年だった頃、山遊びを自然と覚えた頃、名工の少年時代の面影を垣間見た。籠作りの名人でもあり、山遊びの名人でもある。
「今日もありがとうございました。また来ますのでよろしくお願いします。」
蔓を採り終えると、山に声をかけていた。蔓を採っている時も、「こんな籠になるんだよ。」と蔓に話しかける。自然に感謝し、こだし作りを共にした家族や今を共にする妻や家族に感謝し、籠を使う人に感謝し。
この人にして、この籠あり。あけび蔓籠の名工、中川原信一さん。信さんと妻の恵美子さんと同じ時代を共にしていることに心から感謝したい。猫ののんちゃんのことも忘れてはいけない。
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美しいこだしは、やわらかな手から生まれ。
それは手にとるとたいそう心地良い。
人を癒す薬が如し。
*2017年の記事を加筆